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HOME / MOTORSPORTS / ADVAN FAN / Vol.89 News Index
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今回の「Rally Hokkaido」では、登録選手を含めAPRC(FIAアジア・パシフィック・ラリー選手権)クラスに28台が参戦。そのうちの16台、実に半数以上のチームがADVANラリータイヤでの出場となった。

このページでは、ADVANとともに「Rally Hokkaido」を戦った選手の中から、特に注目を集めた3人をご紹介しよう。
 
 
ラリーを題材とした映画「SS -エスエス-」への出演をきっかけに、自らもラリー参戦を開始した俳優の哀川翔選手。
全日本ラリー選手権やRally Japanへの参戦を重ね、さらに奴田原文雄選手をドライビングコーチに迎えて忙なスケジュールの合間を縫って練習を重ねている。
また「奴田原文雄のモータースポーツ漫遊記 =パイクス編=」でもご紹介したように、伝統のヒルクライム「パイクスピークス」に昨年チャレンジして完走を果たしたことは記憶に新しいところ。

そんな哀川選手は、すっかりお馴染みになったフォード・フィエスタSTで今年の「Rally Hokkaido」に出場。
戦いに先立って19日(水)に帯広市内の大型スーパーマーケットで催されたトークショーには、実に2千人の市民が訪れて会場は熱気に包まれた。
そのステージでは「完走を目標に頑張ります」と力強く宣言、21日(金)のセレモニアルスタートでは一際大きな声援を受けて戦いに旅立って行った。

翌22日(土)、いよいよ林道ステージに臨んだ哀川選手。この日最初のステージとなる25.12kmのSS2・シピリカキム・リバース1を20分14秒6であがり、続くSS3・クンネイワ・リバース1に臨んだ。
ところがこのステージの後半でコースオフを喫し、マシンは岩に乗り上げて身動きが出来なくなってしまった。残念ながらここでデイリタイアが決まり、23日(日)にスーパーラリーとして出走することになる。

幸いマシンに大きな損傷が無かったことから、23日(日)のSS12から戦線に復帰した哀川選手。
しかし午前中にミッショントラブルが生じてしまい、最終的には2速と3速が使えなくなるという厳しい戦いを強いられてしまう。この難しい状況を我慢の走りで乗り越えた哀川選手は、大勢のファンが待つ最終SS・オビヒロ4も走りきってフィニッシュ。

「2速と3速が使えない走りは困難を極めましたが、なんとか走りきろうという思いでゴールまでたどり着くことが出来ました。これからもっと練習を重ねて、Rally Japanでは完全完走を目指します」
とフィニッシュ後に語った哀川選手。

Rally Japanに先立って、今後は全日本ラリー選手権への参戦を重ねていくという哀川選手、その走りにはますます注目が集まることだろう。
 
 
2008年はランサーで全日本ラリー選手権のJN4クラスを戦った番場彬選手。
残念ながら昨年は活動を休止していたが、期待の若手が再びラリーフィールドに帰って来た。今季の全日本開幕戦・唐津で復活した番場選手は、CUSCOチームからスイフト・スポーツを駆ってのエントリー。
今回の「Rally Hokkaido」にはAPRCクラスで参戦、クラスとしては番場選手のみのエントリーとなったが過酷な長丁場をしっかりノートラブルで走りきって、堂々のクラス優勝を飾った。


−見事な優勝でしたが、どんなラリーでしたか?

番場選手 :
FF(前輪駆動)車でグラベル(未舗装路)のラリーを走るのは初めてで、しかも時間の都合もあって事前のテストが出来ませんでした。北海道に来てから"出来たてほやほや"のダンパーを着けて「さぁ、どうだろうか?」というところからスタートしたので、最初は不安もありました。
ところがいざ戦い本番になると、思っていたよりも全然面白い(笑)。

−その"面白さ"とは具体的に?

番場選手 :
クルマの動きがとても安定していて、コーナーでもどんどん踏んでいける。下り坂なんか楽しかったですね。あの最高速、そこからのジャンプ、とても面白かったですね。

−一年のブランクを経て、ランサーからスイフトにマシンが変わりましたが。

番場選手 :
車種にはそんなにこだわっていません。それよりも今はラリーに参戦出来ることが大切。乗れないよりは、どんな車種でも乗っていた方が良いですから。
それにFFに乗ってワダチの走り方は勉強になりました。ライン取りを気をつけないと、すぐに失速してしまうんです。だから道を見極めてラインを見つけ、そこをきちんとトレースしてクルマを労る走りが身についてきていると思います。

−昨年は残念ながら活動を休止していましたが。

番場選手 :
その間は、ラリーの結果もあまり見たくないくらいに辛い時間でした。とにかくラリーに出たかった。戻りたいという思いが募っていく中で、今年乗れるようになったことはとても嬉しいですし、このチャンスを活かしたいですね。

−今回の戦いで、タイヤのパフォーマンスは?

番場選手 :
今回はADVAN A035のSコンパウンドを使いましたが、空気圧の調整をマメにやりました。基本は206KPaで、雨が降って路面が濡れた時はちょっと下げたりしました。
実は一回、「これはヤバイな」という大きな石を踏んでしまいました。でもタイヤは全くノートラブルで、そのまま走り続けることが出来ました。このように耐久性が高い上に、「これはアンダー出ちゃうな」というようなコーナーリングでも、しっかりグリップしてくれたので、タイヤに助けられた部分もたくさんありました。

−今回は17年ぶりに復活した大先輩の大西選手もいらっしゃいますが。

番場選手 :
17年ぶりに復帰された大西選手がプライベーター勢の最上位でフィニッシュされたことは、僕にとっても大きな刺激になりますね。
これは負けていられないと思いましたね。僕はブランクもたったの1年だし、とても恵まれた環境で走らせてもらっています。今回のクラス優勝をバネにして、今年はあと2戦出場予定ですがどちらも上位争いに食い込みたいと思っています。
 
 
今回の「Rally Hokkaido」でラリーフィールドに帰って来た選手と言えば、実に17年ぶりの出場を果たした大西康弘選手の存在が話題を集めた。
かつては名門タスカ・エンジニアリングの一員としてギャランVR-4などを駆ってラリー界にその名を轟かせ、「青森三羽ガラス」の一人として活躍した名選手である。

そんな大西選手が最新のランサー・エボリューション]で参戦。スタート前には「クラッチの踏み方から思い出さなきゃならないんだ」と笑っていた大西選手だが、いざスタートすると17年という長いブランクを全く感じさせない走りを披露。難しいコンディションのステージも危なげ無い走りで速さを見せ、終わってみればAPRCクラスの総合6位、プライベーター勢の最上位でフィニッシュを果たした。


−17年ぶりの復活ですが、再びラリーをしようと思った理由とは?

大西選手 :
ラリーを長いことやってきて、それを止めてずっと過ごしてみて、本当に一番好きなスポーツはやっぱりラリーなんだということにハッキリと気がつきました。それならば今やらないと、これから歳をとると出来なくなってしまうんじゃないかと思って、「今しかない」という思いで現役復帰を決めました。

−17年前と今のラリーを比べて、変わったところ、変わっていないところとは?

大西選手 :
そうですね、ラリーそのものは昔も今も同じなんだと思いました。ドライバーというのは、クルマや自分の気持ちやテクニックや、いろいろなものを使って自分自身の限界にアタックしていきます。それは格闘技のような面もあるんだな、と思って三日間を走っていました。
逆に昔と違ったところは、まずはスピード。当然のことでしょうが、クルマもドライバーのテクニックも17年の間に進化していて、ハイスピードになっています。
でも歳を重ねた分、自分自身はとても冷静でした。昔もそういう冷静さを持っていたら、もっと強かったのかもしれませんね(笑)。

−他の選手たちの戦いぶりを見て、どんな印象ですか?

大西選手 :
昔も今も、みんなラリーが好きで戦っていますよね。そこは何も変わっていない。
僕のように一度止めてからラリーの素晴らしさに改めて気がつくのではなくて、今を大切にしてみんな一所懸命走ってくれれば良いですよね。僕だって今続けているみんなに少しでも近づけるように、トレーニングなどを重ねて頑張っていきたいと思います。

−17年ぶりの参戦で、タイヤの進化を感じた面はありますか?

大西選手 :
タイヤはですね、もの凄くしっかりしていました。昔のタイヤは、路面の悪いところではもうちょっと弱い感じがした。だから今は安心してどんなところでも踏んでいける。どんどん踏んでいっても、タイヤの限界はまだまだ上のところにあるという印象です。
奴田原(文雄)選手があのハイスピードで走っていても、タイヤはしっかり走りに応えていて、ノートラブルだったことがひとつの証でしょうね。

−最後に今後の予定を教えてください。

大西選手 :
もちろん、まだまだやります。取り敢えずは今年のRally Japanに出場したいと思っているのですが、APRCにせよ全日本選手権にせよ、とにかく今は走りたい。
今年は復活した年なので、来年に向けてどういう試合の場を選んでいくかしっかり考えて今年は過ごしたいと思っています。
 
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